イタリアの歴史

2017年10月22日 (日)

ローマのオベリスク巡り

爽やかな、秋の午後。

大学で美術史を専攻した友人が企画するツアーに行ってきました。

今回は、「ローマのオベリスク巡り」。

ガイドさんの説明は、そんなに難しい専門的なことばかり言ってるわけじゃないんだけど、いつまで経っても乏しい私のイタリア語力では、全部は分からないのが残念。
テルミニ駅を降りて、まずは、官邸のあるQuirinale 広場まで徒歩。
歩くにはちょうど良い、気持ちのいい気候です。
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バスを待って乗り継ぐより、歩いた方が早く着く距離です。笑。
住んでるNettunoは小さな町なので、久しぶりにローマに来ると、いや~、ウィンドーが華やか~♪ついつい、目が行っちゃう。*^^*
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憧れブランドのMaxMaraにも、素敵なニットが・・・
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最初のオベリスク。アウグストゥス帝の時代に、エジプトから持ってきたもの。
基本的に、オベリスクは、エジプトからの略奪品。
ガイドさんに、買うことは無かったのか聞いてみましたけど、帝政ローマ、そんなフェアなことはしなかったようです。
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ツアーの中に2m20cmぐらいの青年がいて、みんなで「オベリスクさん」って呼んでました。笑。
さてさて、ここからトレビの泉を横切り、パンテオン方向にローマの裏道を歩いていきます。
途中のコロンナ広場には、2番目のオベリスク、、、ではなく、これは193年建設の、戦勝記念の柱。
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びっしりと、ローマ時代の戦いの情景の浮彫で埋め尽くされています。
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2番目のオベリスク。 l’obelisco di Montecitorio
 
このオベリスクの頂上の球体には光を取す穴が開けられてて、日時計として使われたのです。
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で、広場の床には、当時のものじゃないけれど、日時計用の目印が刻まれています。
Dsc01949 途中、切り売りピザで、休憩。
Dsc01951 ズッキーニピザとワインで2.30ユーロ。
小腹が満たされ、また元気よく出発~!
ローマの裏道、ちょっと迷いながら、GoogleMap頼りに、パンテオンに到着です。
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いつ見ても素晴らしい。ほぼ建設当時の形を保つ、ローマ時代のパンテオン神殿です。
この前のオベリスクはそんなに高くないのですが、ファラオ・ラムセスのものです。
下がバロックの彫刻の噴水になってて、大きく見えるよう盛り上げられています。
そのパンテオンのすぐ後ろの、ミネルバ広場の、有名なベルニーニ構想の象さんの彫刻の上のオベリスク。紀元前6世紀??の古いもの。
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ミネルバ教会のファサードが修復中で、それに背を向けて、象さんのお尻からの撮影になりました。
 
そして最後のオベリスクのあるナボォーナ広場へ・・・
日が暮れてまいりました。急ぎましょう。
幸いに、同じ地区ですぐ近く。
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これまたベルニーニ構想による、世界の有名な4つの河を表した大きな噴水。
ところが、このオベリスクは、エジプトのものを真似て、ローマで制作されたそうです。
へー、そうなんだー。知らなかった~。
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日が暮れても、賑わう広場
ナボーナ広場周辺は、古いローマらしさが残ってて、素敵な界隈。
車が入らないのも良いです。
年末はべファーナ魔女の市も開かれて、庶民的に?賑わいます。*^^*



2010年6月29日 (火)

エトルリア文明

ローマから海沿いにちょっと北に上り、チヴィタヴェッキアから内陸に入った、エトルスキ人の町、Tarquinia(タルクィニア)に行ってきました。

ここは、紀元前6世紀ごろから発展した、エトルスキ人の 海洋王国でした。
その後、災害や侵略により、だんだんとローマ帝国に迎合していきましたが、オリジナルの言語を持ち、豊かな文化を持っていた民族でした。

Tar_002街自体も、中世の面影を残している魅力ある街並み。
日曜日の午後、人影もまばらで、13世紀頃の大きなバラ窓を持つロマネスク様式の教会がひっそりと佇んでいました。簡素なファサードが、静かな祈りの場にふさわしく、美しいです。
まずは、国立タルクィニア博物館へ・・・
Tar_008 こちらは、15世紀前半のルネッサン初期の美しき回廊を持つ、ヴィテッレスキ宮です。
こんな回廊を、あの重そうなルネッサンス衣装で歩いたら・・・と、想像が膨らみます。
イタリア建築に多く見られる、回廊や中庭。修道院の作りも、大抵こうですね。
真中には井戸があって。なぜか、昔からこの回廊&中庭に強く魅かれるんです・・・

Tar_009宮の中の、同時代ではない、2つの扉。
古い建物は、その時代の用途によって改装が重ねられているので、時々、変なところに窓があったり扉が付いていたりで、笑えます。*^^*
それでも壊さずに、大事に受け継ぐところが、イタリアです。
まあ、重厚な石作りで、壊しにくいのも原因でしょうが・・・ね。

Tar_010 宮殿のヴェネチア風の窓から望む、街並み。

さてさて、本題の、エトルリア文明。
博物館で、石棺や陶器、壺、当時の日用品やコインを見た後は、実際には600にも及ぶという、地下古墳へ。現在は19箇所が見学可能です。

Tar_020 街のはずれの地下墓地は、今も昔も草原で、ただ風が吹くばかり・・・

エトルリア人は、人の死は一時の通過点で、その後も明るい生活があると信じていたのでお墓の中のフレスコ画の装飾は、どこまでも楽しげで、『飲めや、歌えや~!の大騒ぎ』だったりします。笑。
Tar_021 Tar_022 Tar_023 宴の場面と、楽器を演奏する人たちと、オリーブの樹。
古代文明にしては、女性の地位が確立されていたらしく、宴会にも、男性とまったく並んで女性の姿が見られます。(白い肌の人が女性) イイコトです。*^^*
紀元前6世紀の、そんなはるか昔に、地中海の恵と海運、気候の良さを享受し、基本的には今と変わらない生活を送った人たちの、幸せそうな毎日が感じられます。

Tar_024 見学の後は、海に降りて一休み。
でもここの砂浜、黒いんです。鉄分が多いんですって。うーん、、、砂鉄砂浜かぁ?


2010年4月13日 (火)

ルネッサンス時代の衣装

アパートの近くに、レオナルド・レオナルディという、かの天才のお名前を立て続けにした名前のシニョーレのお店があります。お店では、近くの浜辺に合いそうなサンダルやバック、洋服など置いているのですが、このおじさん、なかなかその名前に負けない、多才な人。

本職は、『舞台衣装制作』。
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『ロミオとジュリエット』に使われたような、衣装です。Arte70_034
カボチャパンツの作りはこうなってたのね。ふんふん、納得。でも、重そうだわ~。
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この方が、Leonardo=Leonardi氏。水彩画も上手なんです♪
ミシンも使いますが、ブレードや真珠を縫いつけたりする作業など、手縫いの部分も多いとのこと。
展示の衣装は、すでにテアトロ(劇場)にて使用されたものなので、1体7万円ぐらい。
新品だと、その倍だそうです。ご興味のある方は、お申し付けください。*^^*

確かにイタリアはオペラ発祥の地。舞台衣装制作の発注は、外国からもあるそうな。


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こちらは、英国スタイルの、お帽子。

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ルネッサンス期独特の、帽子(頭飾り?)と、エリザベスカラー。

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5月7日のお祭りの日の、レオナルド氏の時代衣装でのパレードのポスター。

ぜひ、この街の選りすぐりの美男子&美女に、着こなして頂きたいものです♪
また、その様子も、ブログでご紹介しますね。*^^*


2010年1月19日 (火)

暴君ネロの別荘跡

このところ、どっぷりグレーな冬の日々だったのですが、この前の土曜日、久しぶりに気持ちのいいお天気だったので、6キロ離れたお隣の町Anzio(アンツィオ)まで、自転車で散歩してきました。*^^*

ここは、あの皇帝ネロの生誕の地で、海岸沿いにその別荘跡が残っています。

Nnn_067左に海、右手に別荘の壁跡。夏の夜には、この壁の前でギリシャ悲劇が演じられます。

母や師、そして妻まで殺し、ローマに火をつけ、キリスト教徒を迫害・惨殺した、その狂気ぶりから暴君と呼ばれたネロ。
最後は自分の喉に剣を差して、自らの命を絶ちます。

Nnn_095 その崖の上には、別荘の土台が残っています。


『奢れるもの久しからず・・・』

Nnn_008 専用(?)の、船着場跡。

しかし、当時の異常な権力争いや親子関係から、その狂気は、いったいどこから来たのか?
時代が、一人の人間を狂わせていった・・・とも、考えられるのです。

Nnn_047 静かに翳りゆく、冬の地中海

今も昔も変わらず、寄せては返す、波。

解放奴隷の女性を愛し、音楽好きだった少年の頃・・・翳りゆくさざ波を見て、心穏やかなひとときがネロにもあったのかな・・・・・と、思った夕暮れでした。